書評」カテゴリーアーカイブ

ソーシャルビジネスの黎明

社会貢献でメシを食う

社会貢献でメシを食う

  • 作者: 竹井 善昭
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2010/09/10
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 

拾い読みの段階で体に電撃が走った。

「昨今の若者は」とよく言われることの中に、留学する学生が減っているという話題がある。
確かに統計上はそうなのだろうが、この本を読んで見方が変わった。
自分の生き方を追求している若者は確実に増えており、しかもその水準は国際レベルからみてもかなり高そうだ。

大地震という国家的な未曽有の危機の今こそ、若者の力が発揮されるときであり、その可能性は着実に芽生えつつある。
自分もこれを読んで、「毎日のほほんと怠惰な生活を送りながら生を営んでいる余裕はない」と真剣になった。

さらに深く読みこんで、必ずや今後の自分自身の「ビジネス」指針としたい。

日本民族の終末論的世界観

2017年 日本システムの終焉   The End of Japan's System (光文社ペーパーバックス)

2017年 日本システムの終焉 The End of Japan’s System (光文社ペーパーバックス)

  • 作者: 川又 三智彦
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2006/08/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

今はなきツカサグループの元社長である川又三智彦氏の2006年著書。2007年初頭、図書館で手にしたペーパーバックが、自分の現代日本社会に対する意識と読書欲を覚醒させた。それ以後Amazonリストを活用し始め、自己の読書履歴をつけるようになった。
考えてみると自分はこの手の社会不安を煽る書物が結構はまるタイプだと思う。最初にはまったのは80年代のノストラダムスシリーズだった。予言書を通じて宗教に対する興味が高まり、種々の書籍を探し回ったことを覚えている。ある意味自分自身の啓蒙に必要なマテリアルだったのかもしれない。
そしてそれは日本民族全体にも当てはまるように思う。新しい時代の到来には「世の終わり」的な雰囲気と思考方式が付随して発生してこない限り、社会の変革は覚束ないのが我々日本人の性質なのかもしれない。就職氷河期と言われる現在の日本でも悲観論は根強く、様々なニュースが氾濫している。しかし現実には本当の意味で危機意識をもって活動している人たちは少数だ。問題を他人事のように嘯き一時的なブームを利用して楽しんでいる人たちが世論の中枢を握り、それに多くの人々が振り回される社会情勢が続く。自戒を込めて書くが、自分を含む一般人には行動を起こす意欲も手段もままならないのである。
そこで一信仰者として今の自分が理解すること、それはまず一度立ち止まって自分自身を見直すこと、自分の心が欲していることを確認し確信しそれを内側から解放すること、これが何よりも必要な作業だと考える。そのベースを構築したいというのが自分のブログ投稿の目的の一つだということを改めて認識する機会としたい。

エリオット波動入門

エリオット波動入門 (ウィザードブックシリーズ)

エリオット波動入門 (ウィザードブックシリーズ)

  • 作者: ロバート・R・プレクター・ジュニア
  • 出版社/メーカー: パンローリング
  • 発売日: 2009/08/05
  • メディア: 単行本



ロバート・プレクター/フロスト共著の「エリオット波動入門」をざっと読んだ。
きっかけは「Elliott Wave International」とかいう機関が出しているレポートの翻訳。
ロシアの社会状況にエリオット波動理論を適用し歴史的な考察を行っている。
テクニカル分析もろくに知らない自分にとっては「『Elliott Wave』とは何者?」というのが正直なところ。
でもこの理論、元は現代物理学の理論を経済学にあてはめたものらしい。
それを応用した歴史考察には一見の価値があるかもしれない。
いろいろなことを考える学者がいるものだと感心するが、しかし頭がかなりパニクる。
いつごろ完訳できるのかな・・・

新書「生物と無生物のあいだ」

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

  • 作者: 福岡 伸一
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2007/05/18
  • メディア: 新書



先週図書館から借りてきた福岡伸一教授の「生物と無生物のあいだ」。
以前本屋でざっくり立ち読みした時に買うか買わないかかなり迷った。スリルと知的好奇心に満ちた文体に再び身体を駆け抜ける電撃を感じる。
生物学をかじった人にはぜひお薦めの一冊だ。
【読後の感想】
最終章はある意味当然のような、しかし確かに心を揺さぶる結論で締めくくられる。
「私たちは遺伝子をひとつ失ったマウスに何事も起こらなかったことに落胆するのではなく、何事も起こらなかったことに驚愕すべきなのである。動的な平衡がもつ、やわらかな適応力となめらかな復元力の大きさにこそ感嘆すべきなのだ。結局、私たちが明らかにできたことは、声明を機械的に、操作的に扱うことの不可能性だったのである。」
さらにエピローグでは、著者の幼少時代の自然体験と生命のダイナミズムとの邂逅、そして無常なる時代の移り変わりにも揺るがない宝石にも似た瑞々しい追憶が綴られている。翻って自分の場合も、小学生時代に過ごした田舎での自然体験はいまだに輝きを失わない思い出であり、心の奥底で静かに漂う生命のぬくもりがしばし心を和ませてくれる。このような体験を持つ機会の少ない都会の子供達の不運な境遇に心が傷む日々である。