韓国社会にみる「韓流」指向

中央日報 – “決別宣言” KARA、結局はお金の問題?

韓国芸能界は「韓流」を地で行く。雇用者も被雇用者もその親も巻き込む波乱の人生。そこまでして必死になる人生の背後には、やはり韓国が置かれた困難な歴史的・国際的状況が垣間見える。

以前韓国旅行に行った際、ソウルと地方の田舎町を公共交通機関で一人旅する機会があった。地方の田舎を通る広い道路でヒッチハイクしたら気のいいお兄さんが乗せてくれ、お礼も受け取らずに丁重に目的地まで送ってくれたので、非常に恐縮したことを覚えている。彼との会話で印象的だったのが「自分は韓国が嫌いです」という話だった。しがらみの大きな社会の中で国を出たがっている若者が多いと聞いた。自分が知る日本在住の韓国人の中にも「日本に住んでみて安らぎの生活ができるようになった」という人がいた。

今回の出来事は上記の話を象徴する内容だと感じる。相応の給料支払を渋る雇用側。子供の栄誉を確保しようと声を荒げる親の側。その闘いは正に韓流ドラマそのもの、いやそれ以上の闇が犇めく世界だ。無論日本にも似たような話は事欠かないと思うが、おそらくここまで派手なせめぎ合いは少ないと思う。

それでもやはり彼らには日本人にないバイタリテイがある。お互いが持ち合わせていないメリットを共有するような精神的余裕とプラス思考をもって生活できれば、今後の日韓関係は大きく改善できるはずだ。